東北地方一帯に数十店舗を有し、従業員も400名をゆうに超えている生鮮食料品の販売会社があります。ここまで成長できたのも、店長をはじめ中間管理職、一般の従業員まで、社員教育にくまなく力を注ぎ、つねにお客さまに喜ばれるサービスを心がけてきたからです。税務調査で問題になっているのは、この社員教育費用についてです。社員教育に力を入れていても、教育の内容によっては、教育費用の会社負担金が従業員に対する経済的利益の供与となることもあることから、源泉所得税の観点からの分析が必要です。
この会社では、社員の各階層、たとえば平社員、主任、係長などの職務内容に応じた教育を外部機関の講習会を利用して実施しています。研修は大きく分けて2種類あり、実施する研修は約20科目にのぼります。具体的に、
(1) このうち10科目は会社が各階層別の必須教育と位置づけるもので、公的資格またはこれに準ずる資格を取得するのが目的です。業務命令のため、すべて出勤扱いとなり、従業員は強制的に参加します。ただし、試験に不合格となった場合の受験料は、自己負担となります。
(2) 残りの約10科目の研修は公的資格ではありませんが、情報セキュリティ検定や、ビジネススク一ル等が実施する中間管理職育成セミナ一などで、これは必須教育ではなく、各階層別の社員が受講を希望する希望教育と位置づけられています。研修参加日は、出勤日ではなく有給休暇を利用することとなっており、試験に不合格となった場合の受験料は同様に自己負担とされています。
たしかに必須教育である研修費用は、社員に対する経済的利益にはならないでしよう。しかし、希望教育研修費用は社員に対する経済的利益の供与に当たるのではないでしょうか。(1)の必須教育研修は、会社の研修規定の中で、〈必須研修は店舗運営に直接必要であり、社員が一定の職域レベルに達したときに取得しておくべき内容〉と書かれています。研修を受講することが会社からのいわば強制であり、しかも、研修受講中は出勤扱いになっています。以上のことから業務に必要な研修であると判断できます。(2)の希望教育研修は社員の受講希望による研修であり、強制参加ではないため異なります。しかも有給休暇を取得して社員の自由意志で参加するようなものです。会社自身も研修体系全体を、必須研修と希望研修とに区別して考えています。これは、必須研修は業務に必要な研修であり、希望研修は業務に必要な研修ではない、ということを自ら認めているということではないでしょうか。会社が自ら線引きをしているこのような研修は業務に必要な研修とは認められません。したがって、この研修にかかる費用は社員に対する経済的利益を供与したこととなりますから、源泉所得税が発生します。また、受講希望研修は、社員が有給休暇を取って参加することとなっており、休暇を取るということは仕事をしていないということです。真に業務に必要であれば有給休暇を取得させ、希望者を募って参加させるということはないのではないでしょうか。この点からいっても、希望研修に係る費用は、社員に対する経済的利益の供与に当たり、従って課税であると考えられます。
一見、上記の考えは正しいように思えますが、これは間違えです。会社が必須研修と決めているから業務に必要で、必須研修と決めていないから業務に必要でないということではありません。法人が社員を教育するために負担する教育研修費等が、経済的利益の供与に当たるかどうか、所得税法第九条(非課税所得)を見ると、
第九条 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
十四 学資に充てるため給付される金品(給与その他対価の性質を有するものを除く)
とされています。これを受けて所基通9-15には次のように規定されています。
(使用人等に対し技術の習得等をさせるために支給する金品)
9-15 使用者が自己の業務遂行上の必要に基づき、役員又は使用人に当該役員又は使用人としての職務に直接必要な技術若しくは知識を習得させ、又は免許若しくは資格を取得させるための研修会、講習会等の出席費用又は大学等における聴講費用に充てるものとして支給する金品については、これらの費用として適正なものに限り、課税しなくて差し支えない。
これを読むと、業務の遂行に必要かどうかを判断する基準は、仕事に直接必要な技術や知識を社員に習得させるための費用であること、仕事に直接必要な免許や資格を社員に習得させるための研修会や講習会などの出席費用であること、仕事に直接必要な分野の講義を社員に大学などで受けさせるための費用であることとされており、これに加えて費用が適正な金額であることとされています。つまり、研修受講費がその研修受講社員に経済的利益を与えるものかどうかの判断基準は、その研修受講が会社からの強制によるものなのか社員の希望によるものなのかといったことや、その研修受講が出勤扱いになっているか有給休暇を取得するものであるのかといったこととはまったく関係ありません。判断基準はその研修・講習なりが、「業務遂行上の必要に基づく」ものか否か、そして「これらの費用として適正な」ものか否かということだけであり、この判断基準にしたがって改めて研修内容と業務内容を精査したところ、業務遂行上の必要に基づくもので、且つ費用としても適正なものであることが判明しました。大事なことは、判断基準はすべて条文の中にあるため、自分で判断基準を作らないこと。そして、虚心坦懐に法令通達を読み、先入観を持たないことです。